福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)725号 判決 1958年2月13日
控訴人 佐賀県知事
訴訟代理人 北川鉄次
被控訴人 堤竹次郎 外一名
主文
原判決を取消す。
被控訴人等の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人提は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。被控訴人重永は当審口頭弁論期日に出頭しないが、その提出にかかる答弁書によれば被控訴人堤と同様の判決を求める旨記載されている。当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否はそれぞれ原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
被控訴人重永は外二名と共に佐賀県三養基郡中原村大字原古賀宅七本松二千五十五番田四畝十八歩を所有しており、被控訴人両名が、かねて共同して右農地を耕作していること、訴外碇繁俊が昭和三十年四月二十七日控訴人に対し右訴外人所有にかかる同所同番の一田八畝二十二歩の内二畝二十歩(以下本件土地と称する)を宅地に転用することの許可を申請し、控訴人において同年五月十九日佐賀県指令農地第六一三四号をもつて許可処分をなしたこと、ならびに本件土地が被控訴人等の前記共同耕作地の東側に隣接していることはいずれも当事者間に争のないところである。
被控訴人等は右許可処分は違法であるから取消さるべきものであると主張し、その理由として先ず「本件土地に住宅が建築されると被控訴人等の共同耕作地の日照の悪化、鳥虫害の増大が予想されるので、控訴人としては本件土地の転用により被控訴人等の蒙るべき損害を考慮し条件をつけて許可すべきであるのにかかわらず、防除施設の設置等について何等条件をつけず無条件で許可したのは違法たるを免かれない」と主張する。
農地の転用は、当該農地自体の農業生産力を失わしめると共に隣接土地の耕作者の地位にも影響を及ぼすものであるから、転用を許可するにあたつては隣接土地の農業上の利用関係をも考慮すべきことは当然であり、必要と認めるときはその点についても条件をつけることができるわけであるが、この場合条件をつけるかどうか又いかなる条件をつけるかについては法は行政庁の技術的判断にこれを委せているのであつて、したがつてこの点は行政庁の裁量に属するものと解するを相当とする。勿論行政庁の裁量といえども無制限に許されているわけではないから、たとえば許可に条件をつけないことが著しく不当で公正を欠くとか、不正不当な動機に基くとかいう場合には、斯様な許可はもとより違法であるといわなければならない。
しかしながら本件において控訴人のなした許可処分の内容がその裁量の範囲を逸脱したものであるということは、被控訴人等の提出援用にかかるすべての証拠によつてもこれを認めることができない。むしろ成立に争のない甲第四号証の一、二、同第五号証の一ないし四、乙第二号証の一、二、原審証人嘉村三男、同碇ミス、同碇繁俊および同栗山清次の各証言を綜合すれば、本件土地の所有者である前記碇繁俊はかねて従兄弟所有の小屋を借受けて居住していたが所有者より明渡を求められた結果本件土地を宅地に転用して住宅を建築することを計画し、控訴人に対し転用の許可を申請したものであり、右申請が中原村農業委員会を経て控訴人に到達するや、控訴人は申請人碇と隣接土地の耕作者である被控訴人等との利害の調整を図るべく吏員或は農地委員をして種々斡施に努めさせ、又現地につき調査させた結果本件土地の転用により被控訴人等の共同耕作地は日照の関係においては年間米麦五升五合余の減収を招く程度であることを確認し、なおこの間さきに碇から提出された申請書の不備に鑑み同人をして再度申請をなさしめ佐賀県農業会議の意見をきいた上本件許可処分をなすに至つた事実を認定することができるのであつて、以上の事実によれば本件許可処分は住居の安定という碇の切実な希求を尊重すると共に被控訴人等の利害をも十分考慮した上敢えて条件をつける必要はないという見地に立つてなされたものと解されるのであつて、その内容が著しく不当で公正を欠くとか不正不当な動機に基くとか、その他裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。しからば、本件許可処分は条件をつけないでなされているからら違法であるという被控訴人等の主張はこれを採用することができない。
次に被控訴人等は「本件許可処分は申請人である前記碇が本件土地を既に事実上宅地に転用した後になされたものであるからこの点において違法である」と主張する。そして成立に争のない甲第九、十号証ならびに前記嘉村、碇繁俊各証人の証言によれば、前記碇は昭和二十九年十月十六日本件土地の転用につき最初の許可申請をなしたのであるが、前段認定のように控訴人において斡施、調査等をなした関係もあつて手続が遅延したため、この間碇は既に同年十二月頃から本件土地の地ならしを開始し、翌昭和三十年二月頃から住宅建築に着手し、この顛末を聞知した控訴人より農地部長名をもつて同年三月十七日建築工事を中止するよう警告した結果工事は一時中止されたのであるが、本件許可処分がなされた当時右住宅は既に屋根もできている状況にあつた事実が明らかである。したがつて本件許可処分は本件土地が既に事実上宅地に転用された後になされたといわなければならないが、これがため本件許可処分が目的物に関する不能により無効であるということはできない。けだし本件許可処分は、はじめから全然農地でないものを対象としてなされたのではなく、当初農地であつたものが事実上宅地に転用された後これとさまで隔たらない時期においてなされたのである。許可なくして事実上農地を転用することは違法であり、この違法状態は当該土地を農地に回復しない限り将来に亘つて続くわけである。既に事実上転用された農地につき転用を許可するのは右違法状態を将来に向つて消滅させる効果を持つのであり、換言すれば当該処分以後申請人をして右土地を農地以外の用途に使用する自由を得させるのであつて決して不能の行政処分ということにはならない。以上の理由により、本件許可処分はその対象たる農地が事実上宅地に転用された後になされたことにより無効であるということはできず、この点に関する被控訴人等の見解も採用することができない。
しからば本件許可処分には被控訴人等の主張するような違法の点は認められないから、右処分を違法としてその取消を求める被控訴人等の本訴請求は失当としてこれを排斥すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は取消を免れない。
よつて訴訟費用につき民事訴訟法第九十六条、 第八十九条、 第九十三条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 林善助 丹生義孝 佐藤秀)